スティーブン・キングの「IT」(テレビドラマ版)

まずはケーブルTVネタ。以前、NHKあたりでも放映されたキングの「IT」が、AXNでも放映されてたので、全4回を毎週見てたのだけど。で、昨日最終回。噂通りだったよ……。


「IT」の舞台はアメリカはデリーという田舎町。そこでは30年に一度謎の大量殺人事件が起こるのだけど、大人の住人たちは素知らぬふり。その事件の犯人が30年ごとに幻のように現われる不死のピエロだと知った少年少女たちは、徒党を組んでなんとかそれ(It)を倒す。それから30年後、40代の大人になった主人公たちは、倒したはずのあのピエロがまたデリーに復活したことを知り、約束通り再び結集するのだが……ってのがそのあらすじ。


あらすじをごらんの通り、「呪われた町」プラス「スタンド・バイ・ミー」という構成で、キング中期の総集編という面も持つだろう「IT」は、ドラマ版だけでもキングらしくアメリカ人の恐怖の対象が何かがよくわかる出来で、三話目までは面白く見た。ピエロのItがまた実にキングらしい怪物で、不死者らしく残忍な茶目っけもたっぷり。言うまでもなく「シンプソンズ」のピエロの元ネタになってるそれは、こんなことを言って子どもたちを脅えさせる。

「皆殺しにしてやる。俺はお前たちが見た悪夢だ。俺はお前たちが怖れる全てのものの象徴なのだ!」

象徴なんて言葉まで使って子どもを侮らないこの怪物、見習うべき大人の態度、親切でサービスも満点だ(笑)。小説の英語版ではイタリックか斜体、日本語版では太字か傍点などで強調されており、「ジョジョ」の荒木飛呂彦にも表記内容両面で影響をあたえたはずのキングらしいこのセリフだが、つまりまあItとはドイツ語でいうEs、つまり無意識のことだってことを自分で表明しているわけだ。だから「俺は悪夢で表象だ」、というわけ。


私が言うまでもないけど、フロイトの「自我とエス(Ich und Es)」は直訳すると「私とそれ」になる。英語だと「I and It」。キングはそれを知ってて、悪夢の怪物の呼称をItにしたわけだ。言葉遊びだよね。キング自身はフロイト通俗的にしか理解せず、嫌っているはずなのだけど。「呪われた町」でもわりといいかげんだったし。


しかしつまり、フロイトは「私」と「それ」といったありふれた古い言葉を使って新しい概念を表現しようとしていたわけだ。まぎらわしくなりそうだけど、そうすることで「私」といった言葉自体の意味をも実践的に変えていこうというのが、おそらくむこうの戦略。日本語なんかは、すぐに「自我」とか「エス」とか新しい名前でくくってしまって、これだと確かに新しい概念もまぎれることなく一見わかりやすいけれど(だから日本語は最強の翻訳言語なんて言われもする)、しかし実際には学問用語として日常語と区別され続けてしまって、「私」といった日常語の意味を更新したりすることが逆に難しくなってしまう。さて私は、そしてみなさんはどちらの戦略を選ぶか、なんてことも考えてしまう結構大きな問題だ。


それはともかく、キングの話に戻ろう。さて、いよいよ怪物Itの正体が明かされる最終回。自ら無意識的怪物と名乗りながら、物理的力も持って殺戮をくり返すIt。なんだそれは。ありえない。一体その正体は何だ!? と思うわけですよ私も。で、正体はというと。


下水道に巣食っていた巨大蜘蛛。ええもう本当にただの怪物。


なんやそれ! こっちも太字だこのやろう。待てよ、「それ」だけあってなんやそれ、なるほど誘いボケかさすがキング。ってさすが違う! 神出鬼没のピエロの幻は何だったんだよ?! 関係ない、無意識関係ない! 冒頭に「噂通りだったよ……」と書いたとおり、本当にただのぐちょぐちょ牙もガオーの怪物がラストで出て興醒め、って話しは聞いてた私ですが、それでもバッチリ興醒めしました。というわけで、そんな興醒めのラストをぜひみなさんにもリアルに体験してもらいたーい♪、なんて思って、途中でフロイトの話とかしちゃったりなんかして盛り上げた今日の日記でした。ええつまり、ひさしぶりの余暇をのんびり過ごしています。