「マトリックス」の続編か、観なくてはいけないのだけどな……

などとつぶやきながらもまだ観ていない。いまいち観る気にならない。そんなあなた、私は友達です。私もまだ「リローデッド」を観ていない。だって予告編がつまんなそうなんだもーん。新しい映像体験はゼロ。第一作の予告編を観た時のあの興奮が懐かしくなってしまうばかりだ。吹き飛ぶ100人のエージェント・スミスなんて、CGアニメでしょ? そんなもの分かってしまうよ私の視覚的無意識は。あれが本当にスミスの格好をしたエキストラ100人を山に積んでさ、下からドーンと丸いものかなんかでふっ飛ばしたのをマシンガン撮影したのだったら観たいよ。観に行くよ劇場に。「マトリックス」の良さって、だってそこでしょ? アニメだったら金田伊功が画面いっぱい数十の要素を一度に動かして見せてくれた999の劇場版の惑星メーテルの崩壊を見るよ、なんて私を後ろ向きにさせてしまうあたり、すでに予告編だけでも「リローデッド」の有罪性は確定的だ。


ちなみに「マトリックス」第一作で私が評価する点はとにかくマシンガン撮影、その一点のみ。あれは素晴らしかったなあ。特に決定的なのは、不思議とあまり言及されない場面なのだけど、ビルの高層階に監禁されたモーフィアスが救出ヘリめがけて走るところをマシンガン撮影したシーン。あれはすごい。あの画面内の運動要素の数はただごとではない。走るモーフィアス。彼を撃つ銃撃が柱という柱に当たってまき散らす破片。しかも! スプリンクラーの作動で飛び散る水滴。水びたしの床を走るモーフィアスの足が飛び散らせる飛沫。それらがすべて重力方程式にしたがって無数の放物線を描きながら、しかもそれを観客はまわり込みながら見るのだ。認識可能な運動要素の数でも金田の作画をあっさり抜いている。水びたしにすることで決定的に抜いてみせた。あそこで水びたしにしたこと、そこに意地を見たね。アニメへのリスペクトと同時に絶対的な映画の挑戦を見たね。敬愛するアニメーターのみなさん、これはできないでしょう?、ってウォシャウスキー兄弟の声を聞いたね。


それが、「リローデッド」のあの予告編だもんな……。ただのアニメじゃん。ならアニメ観ちゃうよ。しかしなあ、やっぱ「マトリックス」の続編観なきゃいけない気もするし……なんてそこのあなたに友達の私がオススメ!